2016年8月のトピックス -ジカウイルス感染症その3
2016/08/31
ジカウイルス感染症に関する最新情報・話題をお届けします。
(1) WHO 最新situation report(2016年8月25日)
● リオオリンピックに関連した、新規の感染確定例の報告は今のところありません。
● これまで感染者確認と報告した国は累計で70カ国になりました。そのうちジカウイルス感染に関連すると考えられる小頭症/CNS 先天性異常を報告したのは20カ国で、患者数は合計1,939人(ブラジル1,835人、コロンビア29人、米国21人)です。
WHO Zika situation Report (25 August 2016)
(2)米国カリフォルニアにおける地域流行(2016年8月29日)
フロリダ州ではPinellas、Palm Beach そして Miami-Dade郡において戸別訪問による診断調査を実施中。その結果として報告される感染例数が増加しています。現時点で確認された地域内感染例は43例(渡航中感染したと考えられるのは545例)。妊娠中の女性で感染が確認されたのは75例。
フロリダ州保健局HP Department of Health Daily Zika Update
(3)シンガポールの状況(2016年8月28日)
2016年8月28日、シンガポール保健省は国内でジカウイルスに感染した症例が41例確認されたと発表しました。このうち36人は感染疑いがある人を対象とした調査の結果判明したものです(無症候もしくは軽症)。全員がAljunied Crescent/Sims Drive地域の住民もしくは労働者。7人入院中。
シンガポール国立環境局ニュースリリース(28 Aug 2016)
(4)治療薬候補物質の発見
NIH、National Center for Advancing Translational Sciences (NCATS)の研究グループは、ジカウイルス感染によるヒト脳のダメージを阻害する活性のある薬剤が3つ見つかった、とNature Medicineに発表しました。
Johns Hopkins大とフロリダ州立大の研究グループが開発した、ジカウイルス感染によるダメージを観察できるヒト脳細胞実験系を用いて6,000の化合物をスクリーニングした結果、emiracsan, niclosamideそしてPHA-690509が見出されたということです。
emiracsanはC型肝炎治療薬として臨床試験中、niclosamideは寄生虫治療薬として承認済み、そしてPHA-690509は抗ウイルス薬として研究中の化合物でcyclin-dependent kinase(CDK)阻害薬です。
これらの化合物は、今後動物実験によってさらに治療薬としての可能性を探っていく予定です。
Johns Hopkins ニュースリリース(29 Aug 2016)
2016年4月のトピックス - ジカウイルス感染症続報
2016/04/28
本トピックスでは今年1月に一度、ジカウイルス感染症情報を掲載しています。今回はその後の経過と情報をまとめてお送りします。勉強会用のスライドも作成しましたので、合わせてご参照ください。
<流行の最新情報>
WHO Zika situation report 21 April 2016
- ● 2015年以降新たにジカウイルスのアウトブレークを経験した国: 42カ国
このうち中南米は35カ国。それ以外にはフィジー、サモア等西太平洋地域の国もあります。 - ● 2015年10月1日~2016年4月10日までに、コロンビアでラボ確定診断されたジカウイルス感染症例は3,292例。
- ● 2015年よりも前にジカウイルス伝播が確認されている国(アウトブレーク終結宣言した国も含む): 17カ国 アジアと西太平洋地域の国は以下の通りです。
アジア: マレーシア、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、バングラデシュ、インドネシア、タイ
西太平洋地域: ミクロネシア、ニューカレドニア、パプアニューギニア、ソロモン島、バヌアツ
<胎児脳の異常との関連性>
4月13日発行のThe New England Journal of Medicineに、米国CDCによるレビュー結果が論文として掲載されました。出生前のジカウイルス感染が小頭症およびその他の中枢神経系の先天性異常の原因であることが確認されたということです(1)。
ブラジルから小頭症との関連性が疑われる情報が蓄積し世間が注目する中、専門家はジカウイルスが小頭症の原因であると明言するのをずっと避けてきました。胎児に異常を起こすウイルス感染症の大きなアウトブレークは50年前の風疹以来であることと、ジカウイルスは以前から知られていたのに2013年の太平洋諸島アウトブレークも含めて今回のような症例報告はこれまでなかったことが、その大きな理由です。Shepardのクライテリアという1994年に提案された胎児先天性異常の原因を探るシステムに沿って、ジカウイルスの感染と胎児脳異常症例との関連性を確認したところ、クライテリア1、3,4そして6に合致することが明らかとなりました。全7のクライテリア中重要とされる1~4のうち1,3と4が合致したことは、胎児の異常の原因をジカウイルス感染とする十分な証拠であるとされました。
<流行地域>
2015年後半から南米大陸で大きな流行が続いていますが、過去他の地域でも散発的な流行が見られており、アジアでも様々な地域で過去に流行が見られています。WHOのウェブサイトに過去の流行歴が掲載されています(3)。 1969年~1983年にかけてインド、マレーシア、インドネシアなどの地域で感染が報告されました。いずれも大きなアウトブレークという報告ではなくあくまで散発例ですが、この時代は検出技術も進んでおらず症状もほとんどが軽症だったということで、流行の真の姿が見えているわけではないと考えられます。
2007年にアフリカ・アジアから太平洋諸島に流行が広がり、2013年ついにフレンチポリネシアで数千人が感染したと推定される大アウトブレークとなりました。
日本は明日から大型連休に入るところですが、旅行先として気をつけなければならないのは、感染する可能性がある国は、現在大きな話題になっている地域だけではないかもしれないということです。ジカウイルスだけでなく、蚊は数多くの重症感染症の原因ウイルスや寄生虫などを媒介しますので、海外に旅行される場合は十分な対策をお願いします。
<ワクチン・治療薬の開発>
免疫系を破壊した遺伝子組み換えマウスにジカウイルスが感染可能となることが、2つのグループから報告されています。実験系の確立という大きなステップはクリアされたことになり、米国を中心に研究費も投入されてきていますので、かなり近いうちに成果の発表があると推測されます。
<重症化のメカニズム>
チクングニヤがレユニオン島で大きなアウトブレークを起こした理由は、ウイルスゲノムにおきた一箇所の遺伝子変異によって人へ感染性が増大したことでした。同じことがジカウイルスでも起きているかどうか、多くの研究者が興味を持っているところだと思われますが、まだそのヒントを示す報告はありません。デングウイルス感染に伴うADEのようなことが起きている可能性もあります。これに関するひとつの実験結果が、bioRxivにオンライン公開されています。この分野は今後さらに進んでいくものと期待されます。
(1) N Engl J Med. 2016 Apr 13. [Epub ahead of print]
Zika Virus and Birth Defects – Reviewing the Evidence for Causality.
Rasmussen SA, et al.
CDC press release:
(2) eLife 2016;10.7554/eLife.15272
Mapping global environmental suitability for Zika virus
Jane P Messina, et al.
(3)WHO Zika virus timeline
2016年1月のトピックス -ジカウイルス
2016/01/29
昨年後半から南米を中心に流行が続いているジカウイルス感染症は、妊娠初期における感染と胎児脳の発達障害との関連性が示唆されており、世界的な問題になっています。
日本時間の今朝早く(1月28日)WHOは、2月1日にIHR(国際保健規則、International Health Response)緊急委員会を召集し、PHEIC (Public Health Emergency of International Concern)とするかどうかを討議すると発表しました。
中南米におけるジカウイルス感染被害とされる報告は増加する一方で、ブラジル保健省は2016年1月27日、ジカウイルス関連と疑われる報告がこの1週間で287人追加されたと発表しました。疑い例の累積報告数は4,180例になりましたが、このうち小頭症であると診断されたのは270例で、多くはほかの原因によるものであったとも報道されています。さらに実際にウイルスが分離されたのはこの中の6名だけだそうです(2)。米国CDCはレベル2の警報(Alert)を発表し、妊娠中の人の流行地への渡航を考え直すように勧告しています。いくつかの航空会社はすでに、妊娠中の人の流行国への渡航チケットの変更や払い戻し対応を始め、エルサルバドル政府は国民に対し2018年まで妊娠を控えるようアドバイスしているそうです(3)。
ジカウイルスの流行は以前からアジア・アフリカで見られ、2年ほど前にもフレンチポリネシアでアウトブレークが発生したばかりですが、今回ブラジルで報告されているような新生児の異常との関連は報告されていなかったようです(記録の再調査などで見つかる可能性もあります)。今回のブラジルにおける小頭症の異常増加の原因が本当にジカウイルス感染なのか、まだ完全に確かとはいえませんので先走った憶測は禁物です。しかしこれがもしジカウイルス単独の感染によるものだとすればウイルスの変異かもしれませんし、むしろそれよりも複合的な感染や過去の感染によるヒトの免疫状態の違いが関係するという可能性も考えられます。ブラジルは黄熱やデング熱が多い地域です。今後明らかにすべき課題が多く提示されました。
これまでの経緯とジカウイルスの基本情報をパワーポイントにまとめ、感染症トピックスページにアップしましたのでご参照ください。
(1) CIDRAP NEWS Jan 27, 2016
(2) The New York Times Reports of Zika-Linked Birth Defect Rise in Brazil
(3)The New York Times Zika Virus ‘Spreading Explosively’ in Americas, W.H.O. Says