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感染症トピックス

2016年10月のトピックス -医療従事者がMERS感染したリスクは?

2016/10/31

MERSを覚えていますか? 2012年に、重症急性呼吸器症候群の原因がMERS-CoVと同定されてから、中東で連続的にアウトブレークの報告がありました。現在も散発的な報告は続いており、直近では10月26日にサウジアラビアで新規感染報告が発表されました(1)。WHOのアウトブレークニュースは9月21日時点までしか更新されていませんが、その時点までに確定診断された累計患者数は1,806人、死者643人と発表されています(2) 。

 

MERSの特徴は、ほぼ全ての感染例が中東地域に関連しているということ(他国で起きたものも中東からの旅行・帰国者が初発ケースでした)と、アウトブレークの多くが医療機関で起きているという点です。2014年にサウジアラビア国内でおきた255のMERS症例の31%は医療従事者でした。医療従事者以外の感染者も、その87.5%が患者ケアに関連して暴露したことが分かっています(3)。

今回CDCが発行するジャーナルEIDに、医療従事者がMERS-CoVに感染した状況を調査し解析した結果が発表されました(4)。感染管理上有用な情報と思われましたので、今月のトピックとして取り上げました。

 

調査とサンプル収集は、アウトブレークを経験した363床のKing Faisal Specialist Hospital and Research Centerにおいて、2014年5月~6月のアウトブレーク終了後に実施されました。この病院には3月24日から5月3日までの間に17人のMERS患者が入院しました。患者が入院したmedical intensive care unit (MICU)と、emergency department (ED)を第1、2グループ、疑い例も含む感染者が一人もいなかったと考えられた神経科病棟を第3グループとし、この期間に業務に携わっていた全ての医療従事者に参加を呼びかけました。その結果80%にあたる292人がエンロールされ、血清サンプルの提出とアンケートへの回答に協力しました。

血清学的調査によって、症状が出なかった人や軽症だった感染者も検出することができました。その結果、MICUのスタッフにおける感染率は11.7%と、これまで報告されていたよりもかなり高いことが明らかになりました。全体の感染率は8%で、250人中20人が当時感染していたことが判明しました。ちなみに、グループ3の抗体陽性者はゼロだったそうです。

業種別では、放射線技師の感染率が29.4%(17人中5人)と最も高く、次に看護師の9.4%(138人中13人)が続きました。

抗体陽性者(感染した人)の症状としては、発熱や頭痛を伴った人が半数以上いる一方で、症状がなかった人が3人(15%)、軽症だった人が12人(60%)いました。

今回のこの解析で、アウトブレーク期間中の医療従事者の感染率がかなり高かったことと、無症候や軽症など症状に大きな幅があったことが明らかとなりました。軽症の人たちから次の感染につながる可能性もあり、症状に頼らない感染管理の重要性が改めて確認されたことになります。

ちなみにこの病院では、MERS-CoV感染が確認された患者さんは、すぐに全員陰圧制御の個室に移されたそうです。また、医療従事者は様々な国から来ているが全員流暢な英語を使えるとも書いてありました。サウジアラビアということもあり、かなり設備の整った病院であることが想像できます。

MERS-CoV感染対策には、基本的に標準予防策が重要だと言われておりますが、今回の解析では、普通のサージカルマスクとN95マスクの間で感染有無に違いがある可能性が示されました。濃厚接触する頻度が高いMERSケアにはN95マスクが必要なのか、今後さらに解析や議論が進むことが期待されます。

さらに、MERSに関する研修や教育を受けたことが、感染有無に影響している可能性が示唆されました。アウトブレークが起きてしまうとゆっくり教育を受ける余裕がなくなることもあります。平時から感染管理に関する教育の機会を持ち標準予防策が守られるようにしておくことが、アウトブレーク管理の基盤となることが改めて示されたと思います。

 

(1) サウジアラビア保健省プレスリリース

(2) WHO: Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV)

(3) N Engl J Med. 2015; 372:846–54.

2014 MERS-CoV outbreak in Jeddah—a link to health care facilities.

Oboho IK, et al. 

(4) Emerging Infectious Diseases Volume 22, Number 11—November 2016

Risk Factors for Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Infection among Healthcare Personnel.

Basem M. Alraddadi, et al.

 

2016年3月のトピックス - 尿路感染(Urinary Tract Infection, UTI)

2016/03/31

 SMART(Study for Monitoring Antimicrobial Resistance Trends)は、2002年から行われているアジア-太平洋地域における多剤耐性グラム陰性菌(GNB)サーベイランスで、2009年から尿路関連GNBも対象としています。今回文献(1)で、2010-2013のUTIデータのまとめが報告されました。これはアジア-太平洋地域13カ国、合計60施設が参加した多施設共同研究で、13カ国の内訳は以下のとおりです。オーストラリア(5施設)、中国(17)、香港(2)、インド(6)、日本(3)、カザフスタン(2)、マレーシア(2)、ニュージーランド(4)、シンガポール(2)、韓国(2)、台湾(8)、タイ(2)、フィリピン(2)、そしてベトナム(4)。

 調査期間中に集められたグラム陰性菌は2,640株で、E. colliがその60.5%を占めて最多、次にK. pneumoniaeP. aeruginosaが続きました。UIT分離株の提出が多かった国はトップから順に、中国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド、そしてシンガポールでした。

 今回のサーベイランスで特徴的なのは、ESBLの有無も一緒に調べているところ、それぞれ医療関連感染と市中感染と区別して、各薬剤の感受性(耐性)率を表しているところです。

 詳細は論文をご参照いただきたいのですが、注目すべき結果のひとつは、フルオロキノロン系の薬剤に対する耐性菌率が多かったことで、アジア-太平洋地域ではUTIの治療としてフルオロキノロンは推奨されないとありました。ESBL産生E. coliにはAMKとTZPがカルバペネムの代わりとして考慮できるかもしれない、ということです。

 アジアは薬剤耐性菌、特にE.coliK. pneumoniae、のエピセンターと言われているそうです。現日本政府の方針に見られるように、今後さらにアジアから日本を訪れる人が増えていくことが予想されますので、どの国でどのような菌が流行しているかという情報には、日本にいながらも注意していた方がいいかと思います。

 では、施設で尿路感染症を予防するには、どのような対策が効果的なのでしょうか?
これについては、文献(2)でレビューされていました。

 過去20年くらい、UTIはICUにおいてのみ注目されていましたが、実際大多数はICU外で起きています。2013年のZimlichmanらによるメタアナリシスによると、米国でCAUTIにかかる費用は、1症例あたり最低896ドルと算定されました。
このレビューで推奨された対策は以下のとおりです。

  • 挿入時:
    ● 医学的な必要性とデバイスの適切性について検討する
    ● 手指衛生
    ● 尿道口を消毒する前に塊状の物体を取り除く
    ● 無菌的な挿入テクニックと無菌器材を用いる
    ● 引っ張られたり動いたりすることを防ぐ固定器材を使用する

    保持中:
    ● カテーテルやバッグを触る前後には手指衛生する
    ● カテーテルを清潔に保つよう、常に尿道口や失禁のケアをする
    ● 無菌・閉鎖系を維持する
    ● チューブが輪になったり曲がったりする状態を最低限に抑え、スムーズな流路を維持する
    ● 移動のときも含めてバッグは膀胱よりも下に置く
    ● ドレーンチューブからではなく、ポートから尿を採取する
    ● ドレーンバッグを頻繁に空にすること、そして患者固有の採取容器に回収する
    ● 一日一度は様子を見る
    ● カテーテルや収集システムが壊れたり漏れたりした場合はデバイスを交換する

    抜去時
    ● 医療的に必要なくなったらすぐに取り去る
    ● 認められたデバイス抜去プロトコールに従う(ICU、病棟、麻酔後回復室)
    ● トイレの利用をサポートし、尿路デバイスを使わずに済む方法を考える
    ● 膀胱スキャナーを使って尿路の滞留がないか調べる

文献
(1)Epidemiology and antimicrobial susceptibility profiles of pathogens causing urinary tract infections in the Asia-Pacific region: Results from the Study for Monitoring Antimicrobial Resistance Trends (SMART), 2010-2013.
Jean SS, et al.
Int J Antimicrob Agents. 2016 Feb 17.

(2)Prevention of Device-Related Healthcare-Associated Infections.
Septimus EJ and Moody J.
F1000Res. 2016 Jan 14;5. eCollection 2016.

MERS – 韓国で院内感染

2015/06/02

 本欄3月24日の記事では、中東呼吸器症候群 MERS は、世界的流行になる性質のものでは今のところはなく、それほど心配することはなさそうだという記事を掲載しました。この性質が変化したという報告はありませんが、一人の感染者から大きな院内アウトブレークに発展した事例が韓国で起きています。さらに、患者を見舞った人が中国に帰国して発症が確認されるなど、周辺国にも不安が広がっています。

 韓国の例は、中東数か国を旅行して帰国した44歳男性が、5月11日にMERSを発症して入院したことが発端となります。この後この男性と同じ病棟に入院していた患者、それら患者を見舞った家族、そして外来や入院時に担当した医療者合計25人(6月2日現在)がMERSに感染・発症したということです(WHO公式発表以外の情報も含まれる)。二次感染者の家族のうち一人が見舞い後飛行機で中国に帰国しましたが、出発時にすでに症状が見られたため(移動を止められていた)、旅行中に接触した人たちが監視下にあります。
 一人のインデックスケースから25人に広がっていることも重大ですが、同じ病棟に入院していた結核患者さんがその後退院し別の数か所の病院を訪れたことが分かっており、今後さらに広がっていくことがないことを祈るばかりです。

 公式的にはまだMERSは、ヒト-ヒト感染を起こしやすいとは思われない、となっていますが、濃厚接触者が多数感染していることは事実としてありますので、日本の医療機関におかれましても中東・韓国から帰国した肺炎症状の患者さんには気を付けて頂きたいと思います。
(参考:Korean MERS total surges to 25 cases, 2 deaths(CIDRAP, Jun01)WHO Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) – Republic of Korea Jun01

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