2017年1月のトピックス – 医療従事者のインフルエンザワクチン接種は患者の利益になるか?
2017/01/31
医療施設が、自施設で働く医療従事者に対して季節性インフルエンザワクチン接種を義務化する傾向が、米国を中心に年々高まっているようですが、この方針が実際に患者さんにとって有益か疑問視する論文や意見も、多くの専門家から発表されています。
長期療養施設入所中の60歳以上の高齢者に対する、医療従事者のワクチン接種の効果についていくつかのクラスターランダム化コントロール試験(cRCT)が行われており、いずれも有効であるという結論が導き出されています。これらについて2013年にCDC(1)が、そしてコックランレビュー(2010、2013、2016年)(2-4)が独立してシステマティックレビューし、前者はエビデンスの質を「中程度(moderate)」としたのに対し、後者のコックラン(解析対象として選んだのは1997年から2009年までの5報)は、医療従事者のインフルエンザワクチン接種が、患者リスク(死亡数、インフル様疾患罹患数、ラボ確定診断インフルエンザ罹患数)を低減させるアプローチとして有効であると結論づけられるエビデンスはなかった、としました。
現在主に使われている季節性インフルエンザワクチンは副作用も少なく、接種することがもたらす不利益はあまり大きくないことから、施設が積極的に接種を勧奨(費用負担など)することに問題はほとんど見られませんが、海外では接種拒否に対する罰則規定などが設けられるケースもあることから、宗教・人種的な問題もからんで、人権擁護と患者への利益とのバランスが議論されているようです。
このような問題があまり考えられないわが国においても、医療従事者がインフルエンザワクチンを接種することで、例えば高齢者長期療養施設でインフルエンザ罹患数が減少するのかどうかをはっきりさせることは有意義であり、科学的な情報を得ることは非常に重要です。
この問題にひとつ情報を提供する論文が発表されました。
PLoS Oneの論文(5)は、2013年のCDCレビューと、2010年のコックランレビューで取りあげられたcRCT (cluster randomized control trial) 論文4報を再解析しました。これらのRCTでは対象としているアウトカムが様々であったため(全死亡数、インフル様疾患数など)、彼らはラボで確定診断されたインフルエンザ症例数に特に注目して、医療従事者のインフルエンザワクチン接種率とインフルエンザ症例数との相関を再計算しました。
一つ一つの論文について、調査時のインフルエンザ流行状況、超過死亡率、その年のワクチンの有効性など、非常に細かい部分も考慮して解析し直しています。
医療従事者のワクチン接種による間接的な患者への利益は、どのような仮説に基づいているとしても、まだ数学的な推論にまでも至っていないという結論になりました。さらに、この4つのcRCTはいずれも、医療従事者のワクチン接種による効果を高く見積もり過ぎており、結論の信頼性が低いと述べています。特にall-cause-mortality(全死亡数、理由に関わらず全死亡数)に関わるインフルエンザワクチン接種の効果は本来非常に小さいはずであり、これを解析のアウトカムとするのは論理的に言ってもおかしいと、いくつかの例を挙げて非常に分かりやすく解析しています。ラボ確定診断インフルエンザによる一名の死亡を予防するのに、6,000から32,000人の医療従事者がワクチン接種する必要があるとする計算結果も示され、介入の効率としては良くない、という結論を示しています。
さらにこれらのcRCTで問題なのは、ワクチン以外のファクター、手指衛生やマスクの着用など、を全く考慮していないという点であると指摘されました。今後の研究には、これらのファクターの影響を考慮できる研究計画が重要であると述べてありました。
さて、今回のシステマティックレビューはどのような考察を与えてくれたでしょうか? 3度改定されたコックランレビューと合わせて、施設の医療従事者が全員インフルエンザワクチン接種することで、施設の患者さんをインフルエンザから守るというエビデンスは、まだ存在しないということが示されました。前述したとおり、ワクチン接種による不利益がないのであれば、接種勧奨することは良いことと思われます。しかし冬季は他の感染症も多く流行する季節でもあり、ワクチン接種をしたからといって安心するのではなく、日常の標準予防策がやはり重要だと言えます。
2016年12月のトピックス – インフルエンザ、ノロウイルス感染症の流行状況
2016/12/28
ノロウイルス
2016年12月第2週(49週)までの検出報告数は、感染研「ノロウイルス等検出状況 2016/17, 2015/16, 2014/15シーズン(2016年12月11日現在報告数)」で確認することが出来ます。
図1.のグラフは週別ノロウイルス検出報告数で、過去3シーズンのデータを比較しています。報道等では今年のノロウイルスの流行規模は大きいといった表現も見受けられますが、ここまでのデータを見る限り、昨年と大きな差があるようにはまだ見えません。ただ、昨年と比較してGIIタイプが大半を占めているという特徴があります。
週報IDWR48号には、感染性胃腸炎の流行状況として
「感染性胃腸炎の定点当たり報告数は増加し、過去5年間の同時期と比較してやや多い。都道府県別の上位3位は山形県(45.37)、宮城県(41.44)、埼玉県(30.89)である。」
と記載されています。
今後またお正月明けに拡大する可能性がありますので、注意が必要です。
ところで、新しい遺伝型が流行という報道が見られるのですが、これは何を指すのでしょうか? 厚労省や感染研からはっきりとした発表がまだないようなので、推測の域を出ませんが、現在までに次のような(新)遺伝型の検出が報告されています。
ひとつはGII.17で、2015年のレポート(1)で紹介され、Eurosurveillance (2)にも論文発表されました。今年は福岡市で11月に検出されたほか、富山でも6月の事例から1件検出されています(3、4)。
一方これとは別に、本年のノロウイルス感染症大規模アウトブレークを解析した結果、過去に流行したものと遺伝的に少し違うかもしれないGII.2型ウイルスが検出されたという報告があります(5、6)。
今後の動向については、引き続き情報を集めてお届けします。
インフルエンザ
2016年12月第2週(49週)までの検出報告数は、感染研「インフルエンザ過去10年間との比較グラフ(12/27更新)」をご参照下さい。2014/15シーズンのような早い立ち上がりを示しているように見えます。
週報IDWR49号には、インフルエンザの流行状況として
「定点当たり報告数は第34週以降増加が続いており、過去5年間の同時期(前週、当該週、後週)と比較してやや多い。都道府県別の上位3位は栃木県(10.08)、沖縄県(9.64)、岩手県(8.94)である。」と記載されています。
学校や幼稚園等の学級閉鎖数の最新データも、流行の状況を知るのに有用です。
によると、9月5日から12月18日までの累計学級閉鎖数は、東京都が187と圧倒的に多く、栃木県(94)、大阪府(90)がこれに続いています。
文献
- IASR「新規遺伝子型ノロウイルスP17-GII.17の流行」(掲載日 2015/9/2)
(IASR Vol. 36 p. 175-178: 2015年9月号)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/778-disease-based/na/norovirus/idsc/iasr-news/5903-pr4273.html
- Eurosurveillance, Volume 20, Issue 26, 02 July 2015
Genetic analyses of GII.17 norovirus strains in diarrheal disease outbreaks from December 2014 to March 2015 in Japan reveal a novel polymerase sequence and amino acid substitutions in the capsid region
Y Matsushima, et al.
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=21173
3.IASR「福岡市におけるノロウイルス(NoV)GII.17の検出状況」(掲載日 2016/11/25)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/778-disease-based/na/norovirus/idsc/iasr-news/6911-443p02.html
4.IASR「ノロウイルスGIIの複数の遺伝子型が検出された胃腸炎集団事例—富山県」
(掲載日 2016/11/25)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/778-disease-based/na/norovirus/idsc/iasr-news/6910-443p01.html
5.IASR (掲載日 2016/12/21)「2016年9~11月のノロウイルス感染集団発生事例について―千葉市」
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/778-disease-based/na/norovirus/idsc/iasr-news/6969-443p04.html
6.IASR宮城県内で流行しているノロウイルス(NoV)の遺伝子型について」(掲載日 2016/12/02)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/778-disease-based/na/norovirus/idsc/iasr-news/6921-443p03.html
2016年9月のトピックス - ノロウイルス・インフルエンザ
2016/09/30
(1) ヒトノロウイルスの新しい培養系
9月23日配信のScience誌に、ヒトノロウイルスの細胞培養系を確立したという論文が掲載されました(1)。ご存知の通りヒトノロウイルスはこれまで実験室内で培養・増殖させることができませんでした。そのため、消毒薬効果の試験や食品の加熱実験などを実施するために、「系統的にヒトノロウイルスに近く、かつ実験しやすい」ウイルス株を「代替」として使うことが通例行われてきました。この代替ウイルスとしてよく使われるのが、マウスノロウイルス(MNV)とネコカリシウイルス(FCV)ですが、当然ヒトノロウイルスとは異なる性状を持ち合わせていますので、これらを用いた実験にどのような意味を持たせるのか、ずっと議論があります。
ヒトノロウイルスの細胞培養系は、数年前に別のグループによる論文が発表されたことがあります。免疫細胞であるB細胞を用いることで初めて実験室での増殖を可能としたといったものでしたが、その後他のグループによる再試確認の報告が出てきませんでした。
今回の新しい培養系では、CPE(ウイルスが細胞に感染したことで観察される細胞変性)やタンパク質の発現も確認され、さらに培養で増殖したウイルスを細胞に接種することで再感染することも確認されております。また遺伝型によって大きく性状が異なることや、HBGA(注1)に関連するsecretor-positive(注2)と感染性との相関が見られたことなど、これまでの知見と一致しており、かなり期待が持てる結果といえます。幹細胞由来の腸管細胞系を用いているというところで、どこのラボでもすぐに出来るのか、といった懸念がありますが、今後の研究が進めばより単純化した系も現れてくるのではないかと期待されます。
(1) Replication of human noroviruses in stem cell–derived human enteroids
Khalil Ettayebi, et al. Science 23 Sep 2016: Vol. 353, Issue 6306, pp. 1387-1393
(注1)血液型抗原(ウイルス学会HPから解説がダウンロードできます)
ノロウイルスと血液型抗原 – 日本ウイルス学会
jsv.umin.jp/journal/v57-2pdf/virus57-2_181-190.pdf
(注2)分泌型陽性(同上)
- インフルエンザ関連情報 「米国とヨーロッパの経鼻生ワクチン」
米国で一般的に使用されているインフルエンザワクチンのうち、小児用4価の経鼻生ワクチン(LAIV4)は、来シーズン(2016-2017)は使用すべきでない(recommendation that LAIV4 should not be used)と、米国ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)が発表しました(3)。その理由は、このワクチンのA(H1N1)pdm09に対する有効性が過去2シーズン連続して非常に弱かったことが明らかとなったからです。
一方新たにLAIVを導入したヨーロッパの2カ国、フィンランド(4)とイギリス(5)の昨シーズンの有効性データが、9月のユーロサーベイランスに公表されました。これらの結果は米国と異なっており、フィンランドでは2歳児に対して40%以上、イギリスでは全年代(2歳~65歳以上)対象のA型に対する有効性が30%でした。WHOは安価で有効性の高いとされるLAIVを途上国に導入するプログラムを進めており、同じユーロサーベイランスの誌上、米国との有効性の違いが出た原因についてWHOで詳しく検討していると述べています(6)。ただフィンランドと英国の結果も決して高いとは言えません。同時に比較した不活化ワクチンは80%程度の有効性を示しており、今後LAIVの改良についても議論される予定です。
生ワクチンは確かに安価で、かつ生産までの時間が不活化よりも短いために、途上国のパンデミック対応に役立つと期待されています。その一方現行のタイプはアジュバントが必要な上に、有効性が低下する可能性があることが明らかとなりました。日本では、アジュバント不要の全粒子型の生ワクチン開発も進められており、さらに有効性の高い生ワクチンが期待されます。
(3) Prevention and Control of Seasonal Influenza with Vaccines
MMDR Recommendations and Reports / August 26, 2016 / 65(5);1–54